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こめんとのついか

こめんとこめんと!

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_26(Thu)

学生さんがやりたいことをやってほしいよなー,と思う(だから,Ruby のことをやれとは言わない,言えない).のだけれど,どう考えてもそれは駄目だろう,ということをやりたがる人がいて,難しい.いや,やりたいことがないよりは,いいんだけれど.

ただ,俺が駄目だろう,と思っても,実際は駄目じゃないこともある,というか,俺がよく理解できていことが,多分多くて,実は大化けする話も,勿論ある.なので,ダメダメ,とは言えない.その辺が難しい.

で,どうするかというと,やっぱり議論するしか無いんだよね.で,ダメダメに見えることを言う人は,たいてい議論が下手というか,こっちが追い詰め方がうまいというか(我々は,多分厳しいことを言われ続けているから,厳しいことを言うことが得意になってると思う.自分に厳しい人は,より人にも厳しい.だから,俺は甘い方だと思う),必要以上に学生に「あぁ,ダメダメなんだなぁ」と思わせてしまう手管をもっている.で,それでいい芽を摘んでしまうことが,何より恐ろしい.

でも,駄目っぽいものを放置していると,やっぱり駄目になることが多い.加減が難しい.正しい道へ,導いてあげたいけれど,なかなか.そもそも,正しい道を,私が見極められないことが多い.というか,自分の研究だって正しい道なんてわかんねーよ!

この辺,うまい先生は,多分うまいんだと思う.T先生とか,その辺の感覚は凄い.絶対怒らないしな.でも,先生によっては駄目なまま放置して,という例も見なくもない.

先生によって,色々とやり方はあると思うのだけれど,やはり,議論していくしかないんじゃないかと思う.その辺,忙しい先生の下につくと,議論がなかなか出来なくてかわいそうだと思う(俺は比較的暇なので,つきあうことができている.その点だけは,他の創造情報の先生よりいいと思う.つきあわないといけない人数も少ないからだけれど).議論しないといけないときは,忙しいのをなんとかしてもらって議論するべきであるし,それは指導教員であれば,絶対断らないはずである.

そういう意味で,議論を戦わせることが出来る同期,先輩,後輩がいるといい.俺は,卒論,修論と,同じような研究テーマの博士の先輩に色々見てもらって幸いだった.そういう意味で,一人だけの研究テーマを選ぶのは危険かもしれない.博士の頃は,Ruby コミュニティとか他の大学の先生に遊んでもらえたので,これも幸いだった.今は,他の若手研究者の人と,遊んでもらえているので,やはり幸いである.議論できる人は,なくてはならない.と,思って学生の頃,研究室の後輩に色々いちゃもんをつけていたんだけど,たいていうざがられていた気がする.なかなか難しい.どうもすみませんでした.今も,学生さんにうざがられてたりして.ごめんよ.でも,これがお仕事なんだ.

よく,学生に「お前は俺よりそれについて長い時間考えているんだから,絶対俺より専門家だから,俺に反論せよ」と言うのだけれど,なかなかそれを真に受けて自信満々に反論してくれる学生は少ない.自信満々に変な反論されるのも嫌だけど.自信を持って下さい.それだけのことを,あなたはやっているはずだ.

あなたは,俺よりよく知ってるし,考えてるはずだ.なんか偉そうなこと言ってる先生も,実はよくわかってない(ことが多い).それに対して,きちんと説明を出来るようになっておけば,優秀だとかそうでないとか,そんなことを悩む必要なんかなくなる.情熱に従い,好きなことを好きなようにやっていれば,結果はその後からついてくる.

先生方に恐い感じで突っ込まれる点は,たいていは,考える前提が違ったり,考えてる目的が違ったり,と,そういう基本的なところが多い.そういうところが共有出来ていると,建設的な意見が飛び交うことが多い.

先生方の質問をよく聞いていると,質問のテンプレを持っていることがわかる.ということは,そのテンプレに答えることが出来るようにしておけば,先生方の(恐い)質問は,実は恐くないんだ.研究ってのは,やりたいことを,研究のテンプレにはめ込んでいく作業といえないこともない.型がある.流儀がある.何か,面白いこと,やりたいことを,「研究」というやり方で行い,見せ方で発表する,それが大学(院)の研究.その辺のことを,輪講とかで注意深く聞いておくといいんでないかなぁ.テンプレ通りにやればいいってものでもないし,この研究にはこれ,という明確な型があるわけでもないし,とくに,俺は知っている型が少ないというか,システムソフトウェアとかその辺に寄っているので,それを議論しながら,いつも考えていないといけないんだけど.ちなみに,その分野の論文を読むと,そういう型がわかってくるので,よく読んでおいて下さい.同じ既存研究がないよー,というのは,論文を読まない理由にはならないんだよ,とかなんとか.

などと,next49 先生の http://d.hatena.ne.jp/next49/20090225/p4 を読んでいて,書きたくなりました.いや,だからなんだ,という話でもないんですが.


http://akihito.s354.xrea.com/blog/archives/269

なんかずれてるなぁ.「意見」じゃないって.後のほうで言っていることと,あらき先生の言ってることは,同じようなことだと思うんだけれど.


しかし,同僚の先生方(研究室運営してる人)と飲む機会というのがないというか,偉い人ばかりなので,そういう機会ではいつも小さくなってるだけというか.本郷に行けば,また違うのかな−.キャリアの話とかする人はいるんだけど.


http://d.hatena.ne.jp/radarsmith/20081019/1224441306

教授は研究以外のことで絡んでこないでください!!!!

ううん,そうか.教授じゃないけど.


さて,ではやりたいことがないですー,という人にはどうすれば良いか.これ,直近の課題.


最近,技術的なこと書いてないな−.やばいなー.


ぐだぐだ書いてると,あれなんですが,要は駄目な教員なので助けて下さいお願いします.仕方ないと思って一緒に勉強しましょう.

しかしなぁ,最近「先生」と言われることになれてしまっている(呼んでくる奴らがいる).絶対「先生」なんて呼ばれる職業につくもんか,と思っていたのに.これは良くない.背骨がないからだ,きっと.

_おだか(Thu Feb 26 23:45:05 +0900 2009)

議論できる人は,なくてはならない.と,思って学生の頃,研究室の後輩に色々いちゃもんをつけていたんだけど,たいていうざがられていた気がする.

人によって考え方は違うかもしれませんけど、私は今では感謝しています。うざがられても、続けてください。感謝されるのはしばらく先になるかもしれませんけど。

先生方に恐い感じで突っ込まれる点は,たいていは,考える前提が違ったり,考えてる目的が違ったり,と,そういう基本的なところが多い.そういうところが共有出来ていると,建設的な意見が飛び交うことが多い.

その通りだと思います。その一方で、「基本的なところ」とされている部分を、聞く側でどうにか探って聞き出し、共有することで会話を円滑にすることもできるのではないか、とも思います。考える前提や、考えてる目的が違っていることも含めて、聞く側が想像できたら、多くの場合双方で嬉しいような気がします。

_HIROX(Fri Feb 27 09:35:21 +0900 2009)

どんな研究をやってもいいという研究室はそんなにたくさんいらないと思います。 議論できる環境という意味でも、Rubyの実装における立ち位置という意味でもそう思います。

_ささだ(Fri Feb 27 12:40:49 +0900 2009)

 どんな研究をやってもいい,と読めるのか.なるほど.そういうつもりは無かったんだけどね.


好きなだけ長いコメントをどうぞ。

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$Date: 2003/04/28 10:27:51 $